January 4, 2010
住吉大社の餅まき行ってきた。
しかし一個も餅を取れなかったぜ・・・。
というか、後ろの人がガツガツ頭に手を当ててきてとてもウザかったですハイ。

住吉大社の餅まき行ってきた。
しかし一個も餅を取れなかったぜ・・・。
というか、後ろの人がガツガツ頭に手を当ててきてとてもウザかったですハイ。

December 31, 2009
言葉が弱い人は、写真も弱い。
to (via taizooo) (via thinkupstudio) (via kondot)
うーむ、グサッときた
December 27, 2009
ローストチキンおいしかったです^^

ローストチキンおいしかったです^^

December 19, 2009
すっかり放置中のたんぶらを写真ブログにしようという計画。
はてなの方のネタがなくなりそうではあるが。
しかしたいした写真撮ってなくてちょっと困った。

すっかり放置中のたんぶらを写真ブログにしようという計画。
はてなの方のネタがなくなりそうではあるが。
しかしたいした写真撮ってなくてちょっと困った。

November 20, 2009

そういう「こびとさん」的なものが「いる」と思っている人と思っていない人がいる。

「こびとさん」がいて、いつもこつこつ働いてくれているおかげで自分の心身が今日も順調に活動しているのだと思っている人は、「どうやったら『こびとさん』は明日も機嫌良く仕事をしてくれるだろう」と考える。
暴飲暴食を控え、夜はぐっすり眠り、適度の運動をして・・・くらいのことはとりあえずしてみる。
それが有効かどうかわからないけれど、身体的リソースを「私」が使い切ってしまうと、「こびとさん」のシェアが減るかもしれないというふうには考える。

「こびとさん」なんかいなくて、自分の労働はまるごと自分の努力の成果であり、それゆえ、自分の労働がうみだした利益を私はすべて占有する権利があると思っている人はそんなことを考えない。

けれども、自分の労働を無言でサポートしてくれているものに対する感謝の気持ちを忘れて、活動がもたらすものをすべて占有的に享受し、費消していると、そのうちサポートはなくなる。
「こびとさん」が餓死してしまったのである。
知的な人が陥る「スランプ」の多くは「こびとさんの死」のことである。

「こびとさん」へのフィードを忘れたことで、「自分の手持ちのものしか手元にない」状態に置き去りにされることがスランプである。
スランプというのは「自分にできることができなくなる」わけではない。
「自分にできること」はいつだってできる。
そうではなくて「自分にできるはずがないのにもかかわらず、できていたこと」ができなくなるのが「スランプ」なのである。
それはそれまで「こびとさん」がしていてくれた仕事だったのである。

私が基礎ゼミの学生たちに「自分の知性に対して敬意をもつ」と言ったときに言いたかったのは、君たちの知性の活動を見えないところで下支えしてくれているこの「こびとさん」たちへの気遣いを忘れずに、ということであった。

●FIX主義(カメラワーク変えない[カメラ動かさない])に関して
・カメラワークする動画制作は作画机の上を片付けないと作業できないので、面倒。元はアニメーターだったので、それを考慮して。自分の演出チェック作業時でもカメラワークする作画は用紙が長くなり、パラパラめくり確認するときやりにくいので。
・カメラワークではなく内容で勝負したい。
・じわPAN(じわっと動くPAN)は、やらないようにしている。定番過ぎる等の理由で。
November 5, 2009
October 11, 2009